短冊に願いを込めて。(デレ千早ver)  今日一日の仕事を終えて事務所に戻ってきた俺は、んーっと伸びをして大きく息を吐いた。 「ふぅ、ようやく戻ってこれたか。お疲れ様、千早」 「こちらこそ、お疲れ様です。プロデューサー」  俺の言葉に笑顔で答えてくれる千早。その顔には若干の疲労の影はあるが、瞳はまだ生き生きと輝いている。気力十分と言う感じだ。  本来なら十分に休ませてやりたいところだが、その瞳の輝きが今は素直に頼もしい。 「明日もスケジュールが詰まってるからな。ゆっくり…と言うわけにもいかないけど、できるだけ体を休めておいてくれ」 「ふふっ、そうですね。できるだけ、がんばってみます」  冗談っぽく笑いながら、そんな事を言う。さすがに矛盾してたよな。  俺が誤魔化し笑いしながら頭を掻くと、千早はフォローするように柔らかな表情で口を開いた。 「本当に大丈夫ですから。今、凄く調子がいいんです。プロデューサーがついていてくれるなら、どんな仕事だってやり遂げてみせま す」 「それは頼もしいな。本当、千早には助けられてばかりだ」  こんなこと言ったらプロデューサー失格だけど、それくらい、千早はよくやってくれている。  が、千早は小さく首を横に振った。 「いえ、私なんて、プロデューサーがいなければ何もできない小娘に過ぎません。こんな私がここまで伸し上がってきたのは、全てプ ロデューサーのおかげです」 「いや、決してそんなことはないぞ。千早が魅力的だからこそ、ここまで人気が出たんだよ」 「いいえ、例えそうだとしても、それはプロデューサーが歌うことしか能が無い私に新しい魅力を与えてくれたからです」  この話題になると、千早はなぜか意固地になる。このままでは水掛け論になってしまうので、諦めたように軽く嘆息した。  なぜ千早はこんなにも自分を卑下するのだろうか?俺は彼女自身の魅力があってこその成功だと思ってるんだが…まぁ、今更悩んで も仕方が無い。このまま成功を積み重ねていけば、きっと千早の自信へと繋がるだろう。  気を取り直して千早を見ると、彼女は部屋の一角に視線を向けながら怪訝な表情をしていた。 「どうした、千早?」 「いえ…どうしてあんなものが部屋に置いてあるのかと思っただけです」 「?」  俺も千早の見ているほうに視線を向けてみる。そこには、短冊が掛けられた笹が置いてあった。 「ああ、そうか。今日は七夕か」  笹を見るまですっかり忘れていたが、今日は7月7日だった。 「あ、そう言えばそうでしたね。すっかり忘れてました」 「最近は忙しくて、カレンダーを気にしてる余裕なんてなかったからな」  言いながら、なんとは無しに笹の置いてある場所に近づいていく。千早も俺の後から付いてきた。 「一体、誰が用意したんでしょうね?」 「社長じゃないか?うちには若い娘が多いから、気を使ったんだろう」  既に笹には何枚も短冊が掛けられている。少し気になって一つ見てみようとしたら、横から千早にいさめられた。 「プロデューサー。勝手に他人の願い事を読むのは失礼ですよ」 「その通りだな。悪い」  短冊に近づけていた手を引っ込める。…が、短冊は願い事が書かれた方が向けられていたため、つい視界に入って読んでしまった。 『彼氏居ない暦から卒業できますように』  ……一体、誰の願いなんだろう?全然分からないな、ははは。…そういう事にしておけ。  気を取り直して、俺は千早に訊いてみた。 「千早も短冊を書いたらどうだ?ちょうど良く短冊も置いてあるし」 「…いえ、私は止めて置きます」 「どうしてだ?」 「私の願いは、叶えてもらうものではなく、プロデューサーと二人で叶えるものですから」 「あー…ごほんっ、そうだな。確かにその通りだ」  真面目な顔でそんな台詞を言われてしまった。…照れるな。 「じゃ、後は明日のスケジュールの確認をして解散にするか」  照れ隠しの意味も込めてそう言って自分の机に向かおうとしたが、千早はなぜか真剣な顔で笹を見つめていた。 「ん?どうしたんだ?」  声をかけると、千早ははっとして慌てて頭を下げた。 「あっ、すみません。ちょっと考え事をしていて…」 「考え事?」 「ええ。織姫彦星の伝説について、考えていたんです」 「へぇ、そうなのか」  少し意外だった。千早が、織姫彦星の伝説のようなロマンチック(?)な話に興味があると思わなかったからだ。 「私も詳しく知ってる訳じゃないですけど、織姫と彦星は年に一度、七夕の日にだけ逢うことができると言う話ですよね?」 「ああ。…って言っても、俺も詳しくは知らないんだけどな」  例えば、二人が引き離される経緯の話もある筈だが、正直興味がないのでまったく知らなかったりする。大丈夫、知らなくったって プロデュースはできる。 「プロデューサーは、この話をどう思います?」 「え?えーと、まぁ、ロマンチックな話なんじゃないか」  あ、焦った…千早がこんなことを聞いてくるなんて、夢にも思わなかった。  千早は、そんな俺のようにも気づかずに、少し遠くを見ながら呟くように言った。 「…私は、こう思ったんです。一年に一度しか逢えないからこそ、お互いにずっと好きで居られたんじゃないのかって」  そして、泣き笑いのような顔を俺に向ける。 「毎日顔を合わさずに、適度に距離をとっていれば、ずっと好きで居られたのかもしれないって……」 「………」  俺は千早に掛けてやる言葉が見つからずに沈黙した。  …千早が何を言っているのか分かる。彼女の両親の離婚が成立したのは、つい先日のことだ。  千早は俺が返答に困っているのを察したのか、自分から頭を下げた。 「すみません、プロデューサー。変なことを聞いてしまって」 「いや、構わないよ。…やっぱり、まだ両親のことを気にしてるのか?」  少し躊躇してから、それでも俺は思い切って聞いてみた。千早にとって、これはいつか必ず克服しなければならない問題だ。できる ことなら、俺も彼女の力になってやりたい。  千早は沈んだ表情で頷いた。 「はい……どうしても、考えてしまうんです。こういう、恋人や夫婦の話を見ると。私の両親だって、互いに愛し合っていた時期があ った筈なのにと……」 「それは…」  それ以上、言葉が続かない。そんな自分がもどかしくて、悔しかった。 「こうなってしまう前に、私にもできたことがあった筈なんです。それなのに私は、勝手に諦めて勝手に心を閉ざして……破局に近づ いていくのを見ていることしかできなかった。いいえ、見ようともしなかったんです」  ぎゅっと、きつく拳を握り締めて呟く。 「それが、どうしようもなく、悔しいんです。もう遅いって、終わってしまったことだって、頭では理解しているのに…おかしいです よね」  泣き笑いの…いや、ほとんど泣いているような顔で訊ねる千早に、俺は小さく首を振った。 「…おかしいことじゃない。そりゃ、俺は両親の不仲を経験してないから、本当の意味で千早の気持ちを理解することはできないのか もしれないけど、でもこれだけは言える。それは、おかしいことなんかじゃない。絶対にな」  そう、後悔なんて誰でもすることだ。だけど、千早はそれを許せない。理想が高いから、自分に厳しすぎるから、だから最終的に全 部自分の責任にして背負い込んでしまう。 「…プロデューサー?」  俺は、千早を、このどうしようもなく強くて脆い女の子を助けてやりたいと心から思った。 「失ったものを取り戻すことはできないけど、それでも何かできることがある筈なんだ。元の形に戻らなくても、それに近づけること はできる筈なんだ。だから…」  気にするな、と言っても千早は絶対に納得しない。なら…! 「それを一緒に探そう。俺も協力する。二人で探せば、絶対に見つかる。さっき千早は言っただろう、俺が付いていればどんなことだ ってできるって」  …若干違ったような気もするが、この際無視だ! 「…プロデューサーが…一緒に、ですか?」 「ああ」  唖然としたように呟く千早に、俺は力強く頷く。 「……プロデューサーと一緒に……」  千早は口の中で何度か繰り返した後、ゆっくりと顔を上げた。その顔には、沈んだ様子は何処にも無い。 「不思議ですね。プロデューサーと一緒なら、それだけで何とかなってしまうような、そんな気がします」  思わず見惚れてしまうほど綺麗な笑顔で、千早はそう言ってくれた。その笑顔に、俺も満足げに頷き返す。  これでいい。解決したわけじゃないけど、それでもこれで前を向くことができる。  …さて、話が終わったら急に照れくさくなってきてしまった。かなり口幅ったい台詞言ったしな。 「ごほんっ…さて、じゃ、明日のスケジュールの確認をするぞ」  咳払いして誤魔化して、改めて自分の席に向かおうとして、 「あ、プロデューサー、ちょっと待ってください」  またも出鼻をくじかれた。二度目なだけに、少しだけ仏頂面になってしまう。 「どうしたんだ?」 「いえ、やっぱり、私も短冊を書こうと思いまして」 「え?いや、いいけど」 「ありがとうございます。じゃあ、少し待っててください。すぐに終わりますから」  千早は礼を言うと、短冊に何かを書いて笹に吊るしに行った。それから、パタパタと俺の元に駆け寄ってくる。 「お待たせしました」 「何て書いたんだ?」 「…内緒、です。恥ずかしいですから、見ないで下さいね」  俺の言葉に、千早は恥らうように頬を赤く染めて、小さく呟いた。  翌日のスケジュールの打ち合わせを終えて。  自宅に帰った千早を見送った俺は、どうにも気になって笹の前までやってきていた。  今、目の前にあるのは千早が願い事を書き込んだであろう短冊。千早には見ないでと釘を刺されたが… 「そう言われると余計見たくなるのが人情ってものだよな…プロデューサーとして担当アイドルの願いを知っておく必要もあるし」  理論武装完了。と言うわけで、俺は千早の短冊を手に取って読んだ。 『プロデューサーと、ずっと一緒に居られますように。   如月千早』 「…………」  うん、少し後悔した。黙って見ていいものじゃなかった。いや、断っても見るべきものじゃないけど。  頬が熱くなるのを自覚する。なんて照れ臭い台詞を書くんだ、千早は。いや、嬉しいけど。 (…さて、俺はどうしようか?願い事を書くべきが書かざるべきか?)  悩んだ末、書くことにした。書きたいことはあったから。  こんな願い事はちょっとズルイかなとは思ったけど。  さらさらと筆ペンで書いて、最後に名前をしたためる。 「じゃ、明日に備えて、俺も帰るか。明日も気合入れなきゃいけないからな!」  短冊を笹に吊るして、体をほぐすように大きく伸びをしながら事務所を後にした。 『千早の願いが叶いますように』  ……やっぱり、ズルかったかな?  fin  オマケ  翌朝。  その日は学校が休みと言うこともあり、千早が俺よりも先に事務所に来ていた。  千早は昨日から置かれている笹の前に立ち(今日中に撤去するだろうが)、なぜか硬直している。  俺はそんな千早の背中に向けて声をかけた。 「おはよう千早。今日は早いな」 「プ、プロデューサー!?おおっ、おはようございます!」  妙に慌てふためいた様子で挨拶を返して、それから、探るように俺の顔を覗き込んできた。 「あ、あの、プロデューサー」 「ん、何だ?」 「…もしかして、私が書いた短冊、読みました…?」  恐る恐ると、しかしどこか期待しているような顔で聞いてくる。その問いに、俺は… 「え?何のこと?」  全力でとぼけた。うん、自分でも見事なとぼけだと思う。…正直、恥ずかしかった。 「あ…な、何でもありません!変なこと聞いて、すみませんでした」  やはり慌てふためいて頭を下げる千早。しかし、千早の顔が真っ赤になっていることは簡単に分かった。だって、俯いていても見え る耳が真っ赤になっていたから。  でも、俺はそのことを指摘しなかった。  え?なんでかって?  …確実に藪をつつくことになるのが分かっているのに、そんなことできる筈が無いだろう?  後書き  ども、KINTAです。今度はデレ期のSSですなと言われましたので、とりあえずデレさせてみました。ネタが無かったからまた 七夕で。  …おかしい、最初は普通にだだ甘いSSにするつもりだったのに、なんか真面目っぽいぞ(爆)  て言うか、自分で言うのもなんですけど、以前書いたSSの千早と今回書いたSSの千早が同一人物に思えないんですが(ぉ  デレると千早は本当に依存性が上がりますからねー。プロデューサーに褒めてもらおうとしたり、指輪(!?)買ってもらおうとし たり。  価値を自分自身でなく、自分を育てたプロデューサーにあてるのは、だから自分にはプロデューサーが必要だと言う意思表示なのか もしれませんねw  しかし、さりげなく家族ネタを使い切ってしまった(汗)今後のSSどうしよ?