短冊に願いを込めて。  営業を終えて千早と一緒に765プロの事務所に戻ると、部屋の一角に笹が置かれていた。笹には、何か文字が書かれた札が紐でつ るされている。 (ああ、短冊か。そういえば今日は七夕だったな。きっと社長が用意したんだろう)  そんなことを考えていると、隣にいる千早が不思議そうに声をかけてきた。 「プロデューサー…なんなんですか、あれは?」 「何って、笹だけど」 「そのくらい、見れば分かります。私が言いたいのは、なんでそんなものが事務室においてあるか、です」 「…七月七日が何の日か知ってるよな?」  いや、でも、歌しか興味が無い千早ならもしかしたら… 「ああ、そう言えばそんなイベントもありましたね」  さすがに知っていたようだが、それで興味を失ったのか、あっさりと笹から視線を外した。 「千早は七夕には興味ないのか?」 「ええ」  即答。ここまできっぱりと答えられるとある意味清々しい。 「そうか…まぁでも、せっかくだから千早も短冊を書いたらどうだ?既に書いてる奴もいるみたいだし」 「結構です」  また即答。ううむ、手ごわい… 「いや、でも、千早だって願い事の一つや二つくらいあるだろう?」 「確かにトップアイドルになると言う目標はありますが、その必要はありません。だいたい短冊に書くだけで願いを叶えて貰おうだな んて、虫が良すぎます。努力して勝ち取るからこそ、価値があるんじゃないんですか?」 「あー、それはまぁそうだが…別にいいんじゃないか、それくらい?」  その言葉に、千早は少しむっと目つきをキツくする。 「何がいいんですか?」 「願いが叶うかはともかく、改めて願いを考えて書き留めることで自分を見直すこともできるだろう?」 「…なるほど。そう考えれば、まったくの無意味と言うわけではなさそうですね」 「ああ、と言うことで千早も…」 「それでも私には必要ありません。改めて見直さずとも、自分の願いくらいは分かっているので」  やっぱり一言で切り捨てられた。仕方が無い。千早に短冊を書かせるのは諦めるか。  やれやれと嘆息して自分の席に着こうと移動する。が、千早は立ち止まったままついて来なかった。怪訝に思って振り返ると、何か 考え込むような様子で笹を見つめている。…ああは言ったものの、もしかしたら書きたくなったのだろうか? 「どうした?やっぱり書きたくなったのか?」 「いえ。少し疑問を感じただけです。今行きます」 「疑問って?」  慌てて駆け寄ってきた千早に質問する。千早は一瞬迷ったようだが素直に答えてくれた。 「なぜ七夕の日に願いごとなのかと思っただけです。織姫彦星の話は願い事には関係はありません…よね?詳しい話は知りませんけど、 離れ離れになった二人が、一年に一度、七夕の日にだけ逢うことができると言う話ですし」 「うーん、俺も詳しい話を知ってるわけじゃないけど…恋人と再会すると言う願いが叶う日だから、なんじゃないか?」 「それは、織姫彦星にとっての特別でしょう?恋人に会うくらい、遠距離恋愛でもなければ私たちにとっては普通のことではないです か?」 「何!まさか、千早は恋人がいるのか!?」 「い、ま、せ、ん!私達、と言うのは一般にと言う意味です!」 「そうか、良かった」  本気で胸をなでおろしながら、安堵の息を吐く俺に、千早は呆れた視線を向けてきた。 「もう、大げさすぎます」 「でもな、アイドルに恋人がいる!なんてことになったら一大事だぞ」 「それは分かりますが、いつも一緒にいるプロデューサーなら、私にそのような存在がいないことくらい分かりきっているでしょう」 「まぁ…それはそうだが」  千早の性格で恋人ってのも考えづらいし。今は歌のことだけで精一杯だろう。 「でも、そう考えると七夕は別に目出度い日でもなんでもないのかもしれないな。一年に一度だけ逢えると言うのは特別だが、話だけ 見れば普通に悲劇だし」  その言葉に、なぜか千早が黙り込んだ。別に何か特別なリアクションを期待していたわけではないが、まさか立ち止まって考え込む とは思ってなかった。 「どうかしたか?」 「…それは、果たして悲劇なのでしょうか?」 「は?」  そっちの方から話が広がると思ってなかったから、つい間抜けな声で聞き返してしまった。千早は「私は恋愛をしたことはありませ んから、詳しいことは分かりませんが…」と前置きして、神妙な顔で言った。 「逢えるのが一年に一度だけなら、その日は純粋にお互いの『好き』と言う気持ちを確かめ合うことができるのではないでしょうか? 四六時中一緒にいれば、いやでも相手の悪い所が見えて来てしまいます。それなら、ずっと『好き』でいられる織姫彦星は逆に幸せな のではないでしょうか?」  それは、歌が第一の千早からは到底出ないような言葉で、それなのにとても真剣だった。だから、俺は… 「そうか……と言うことは、大体いつも千早と一緒にいる俺は、千早に悪い所を見られまくっているのか…」 「い、いえ。決してそのようなつもりで言ったわけでは…確かに、プロデューサーにも悪いところはたくさんありますが、別にそれを 引き合いにだすようなつもりは…」  茶化すことにした。  真剣だったけど、まだ踏み込める段階ではないと思ったから。…どうでもいいが、悪いところはたくさんあるって何気にきついぞ。 「なんて、冗談だけどな」 「…プロデューサーのそう言う所は、確かに悪いところですね」  ムスッと唇を尖らせる千早が少し可笑しくて、つい笑ってしまう。こういう、歳相応な顔はめったに見せてくれないから、嬉しかっ たということもある。 「プロデューサー!本当に分かっているんですか?」 「ははは、悪い悪い」  ムキになる千早に、俺は軽く頭を下げながら、改めて話を戻した。 「確かに、一緒にいる時間が長ければ相手のいやなところも見えてくるだろうけど、それはそれだけ相手のことを理解してきたってこ とだろう?それはそれでいいことなんじゃないか?」 「…そうでしょうか…」 「そうだよ。だから、俺は、例え俺の悪いところばっかり千早に見られてしまうとしても、千早と一緒にいるつもりだぞ。担当アイド ルのことを少しでも多く知ることが、TOPアイドルへの近道だからな」 「…それだと、プロデューサーが私の悪いところもたくさん見ることになりますよ?」 「別に構わないよ。俺はそれで千早を嫌いになったりなんかしないから」  その言葉に、千早は何かを感じたのかハッと息を呑んだ。 「…そう、ですよね…大事なことは、相手を嫌わないこと…ただそれだけなのに…」 「ん?何か言ったか?」  よく聞こえなかったので声をかけると、千早は慌てて「何でもありません」と首を振った。そして、少しスッキリしたような顔にな り、微笑みながら言った。 「それでは、私もずっとプロデューサーと一緒にいなければいけませんね。私が、トップアイドルになるためにも」  それは、滅多に笑わない千早が見せてくれた笑顔で、とても綺麗な笑顔だったから、俺は一瞬その笑顔に心を奪われた。 「……プロデューサー?」 「…はっ!あ、ああ、そうだな。よろしく頼む」 「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」  声をかけられて、慌てて気を取り戻す。危ない危ない、完全に見惚れていた。 「…プロデューサー。ちょっといいですか?」 「ん?なんだ?」 「やっぱり、私にも短冊を頂けませんか?」 「え?構わないけど、どういう心境の変化だ?」  俺の言葉に、千早は少しだけ遠くを見て、もう一度、あの綺麗な笑顔で微笑んだ。 「…ちょっと、気が変わったんです。見ても構いませんが、恥ずかしいですから私が帰った後にしてくださいね」  それから俺は千早と少し明日の打ち合わせをして分かれた。  千早が退室してから、どうにも気になって千早の書いた短冊を見に行った。…見てもいいって言ってくれたからな。  色々なことが書かれた短冊から、千早の名前が書かれたものを探す。幸い、その短冊はすぐに見つかった。 「…本当、千早って字が綺麗だよな。15歳とは思えん」  少しばかり感心しながら、千早の書いた短冊を読む。 『あの子の所まで、私の歌が届きますように。   如月千早』 (あの子…誰のことだろう?)  もしかしたら、千早が垣間見せたあの真剣な表情と関っていることなのかもしれない。  ただ、歌を届けたいと言うのがいかにも千早らしくて、それが嬉しかった。 (それじゃ、俺も担当アイドルのために、何か書かないとな)  そう決めて、短冊を取り出す。  さて、書くと決めはしたものの、どうしたものか?千早がトップアイドルになれますように、なんて書いたら千早に怒られてしまう だろう。 (やっぱり、これしかないよな)  さらさらと筆ペンで書いて、最後に名前をしたためる。よし、完璧だ。 「さてと、俺もそろそろ帰るか」  短冊を笹につるしてから、一つ大きなあくびをして、事務所を後にした。 『千早の歌が、彼女の望む全ての人に届きますように』  fin  後書き  ども、KINTAです。練習がてらアイマスで七夕SSなるものを書いて見ました。  こーゆー、季節イベントのSS書くの何気に始めてかもしれん。基本、そーゆーのお構いなしだったし。  で、デレ期突入前の人に依存しないストイックな千早をイメージして書いてみました。ランクは…Pが弟のことを知らないとなると、 Eランクかな?イメージでは、もうすぐDと言う状況で、現在少しでも名を売るために営業に精を出している、と言う感じで。  千早はデレるともうデレっ放しってくらいデレますが、そうでなければ基本的にそっけないです。滅多に笑ってくれないし…低ラン クで千早が笑ってくれるイベントは貴重なんですよ?  アイマスはストーリー性は本当低いですけど、それでも千早と美希の二人は結構恵まれてますよね。千早の設定はかなり俺好みだっ たりします。家族ネタとか、本当好きなんすよ、俺。  でも俺の一番はあずささん。いつかはあずささんメインのSS書くぞ!  ではでは。  PS  どーでもいいけど、あずささんだったら、普通に『運命の人に出会えますように』って書きそう。いや、本当どーでもいいけど。